七十二候『蛙始鳴』~かわず はじめて なく~

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5月5日からは、

「立夏」の初候、「蛙始鳴」に入ります。

「蛙始鳴」と書いて「蛙始めて鳴く」で、

「かわず はじめて なく」または、「かえる はじめて なく」と読みます。

田んぼから蛙が、鳴く声が聞こえ始める、初夏の田園風景が目に浮かぶ風情のある候です。

今日は、カエルに関することわざや、俳句についてお届けします。

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 カエルの「諺」「俳句」

蛙は、キャラクターになることも多く、擬人化されたり、俳句やことわざとしても使われるほで、馴染みがあります。カエルは、両生類の中で一番繁栄していると言われています。冬のあいだは、土の中で冬眠していて、春になると出てきます。

諺(ことわざ)

昔から身近にいた蛙は、多くの諺にも取り上げられてきました。

「蛙の子は蛙」

カエルは、子供の頃「おたまじゃくし」で、親とは全く違う姿ですが、そのおたまじゃくしが成長すると、親と同じようにカエルになることから言われることわざで、「所詮、蛙の子は蛙」という意味合いが含まれています。

「井の中の蛙大海を知らず」

小さな井戸の中に住む蛙は、大きな海があることを知らないという意味で、狭い見識にとらわれて、他に広い世界があることを知らず、自分のいるところがすべてだと思い込んでいる人のことを言います。物の見方や考えが狭いことを批判する場合によく使われます。

でも実は、後になって「されど空の深さを知る」という続きが作られたそうです。

狭い世界にいたとしても、空が雄大なことは知ることができるということでしょう。

「蛇ににらまれた蛙」

蛇に睨まれた蛙とは、恐ろしいものや、苦手なものの前で、身がすくんで動けなくなるようすのたとえとして使われます。

「蛙の行列」

蛙が後足で立つと、後ろ向きになって前が見えないことから、向こう見ずなことを指します。また、そのような人の集まりのことを言います。

以上のように、カエルが使われた諺は、たくさんありますが、あまりいい意味に使われていないのは不思議ですね。

俳句

蛙というと思い浮かぶ俳句がありますね。

古池や 蛙飛び込む 水の音』 芭蕉

~ふるいけや かわずとびこむ みずのおと~

蛙の鳴き声ではなく、蛙が飛び込んだ「水の音」のほうに注目した句です。

「古い池に、蛙が飛び込む音が聞こえてきた」という単純な風景を 詠んだ句ですが、その絵も水の音も聞こえてきそうな気がしますね。芭蕉の作品中でもっとも知られている句といってもいいかもしれません。

そして、蛙と言えばもう一句思い出すのが、

『やせ蛙 負けるな一茶 これにあり』一茶

けんかをしているカエルを見て「やせガエル、がんばれ負けるな、一茶がここについているぞ」と、負けそうな痩せ蛙に加勢している様子です。弱い者を応援する句として受けとめられている句ですね。

その背景には虚弱に生まれた、千太郎への命ごいという深い願いが込められていると言われています。千太郎が生後20日ほどの時に岩松院に来て、一茶が、池のヒキガエルの合戦を見て詠んだ句ですが、残念ながら千太郎は1ヶ月足らずで亡くなっています。

どちらも、蛙をテーマにしたまったく趣が違う句ですね。どちらの句もカエルがなく頃になると、自然と思い浮かぶ季節を感じさせてくれる句であることは間違いありません。

さいごに

ことわざや、俳句を取り上げてきましたが、

カエルは、他にも

「無事に帰る」

「お金がかえる」

などと言われ、『縁起物』として大事にされている一面も持っていますね。

無事に帰るにかけて、カエルの置物を玄関に飾ったり

お金がかえるにかけて、金のカエルをさいふにいれたり

カエルって、いろんな一面をもっていて

本当に馴染み深い生き物だったんですね。

今日も ありがとう



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