「神のものは神に、カエサルのものはカエサルに」とは

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某ドラマの中で「神のものは神に、カエサルのものはカエサルに」と毎回決めゼリフとして登場する言葉ですが、これは、イエス・キリストの言葉として新訳聖書の中に出てくる文言です。

「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に」の後に

「返しなさい」という言葉が続きます。

今日は、この言葉についてお届けします。

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「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」の言葉の意味は?

まずは、この言葉を発したときの状況です。

イエス・キリストは、ローマ帝国の属国になっているユダヤで活動をしていました。

当時のユダヤは、ローマの属国だったため「ローマ帝国から独立したい」という民衆の不満がうずまいていたました。ここで、イエスは反対派から「ローマに税金を払うべきか?」という意地の悪い質問をされます。この時にイエスが発した言葉です。

「わたしたちは、あなたがおっしゃることも、教えてくださることも正しく、また、えこひいきなしに、真理に基づいて神の道を教えておられることを知っています。ところで、わたしたちが皇帝に税金を納めるのは、律法に適かなっているでしょうか、適っていないでしょうか。」

イエスは彼らのたくらみを見抜いて言われた。

「デナリオン銀貨を見せなさい。そこには、だれの肖像と銘があるか。」

「皇帝のものです」

「それならば、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」

彼らは民衆の前でイエスの言葉じりをとらえることができず、その答えに驚いて黙ってしまった。

(ルカ20:20-26)

「ローマに税を払うべき」と言えば、ユダヤの民衆の反発をかいます。

「ローマに税を払うな」と言えば、ローマの兵士に捉えられてしまいます。

ユダヤの民衆にもローマにも、顔が立つ答弁をしたというわけです。

意味としては「信仰(神のもの)は神に、俗世のもの(カエサルのもの)は俗世に返しましょう。」ということになります。拡大解釈をして言い換えれば、「俗世のことは俗世の権力に従う、でも信仰のことは譲れない、信仰を大切にしましょう。」とすることができます。

簡単な解説としては、以上のようになります。

しかし、信仰、聖書や仏教の言葉など、どれをとっても表面あらわしていることと、もっと奥深く意図するところは、との時、その言葉を聞いた人それぞれの置かれた立場や心情により、様々に変化します。

今日、今、この瞬間この言葉を聞いたあなたにとって、

この言葉はどんな意味をもったでしょう。

そして、次にこの言葉を耳にした時、それはどのように変化しているでしょう。

人生って、その変化が楽しいですね。

その変化に気づいて、それを楽しめる自分が楽しいのかもしれません。

今日も ありがとう

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